熊本城は別名銀杏城と呼ばれている日本三大名城の1つです。
お城には必ず別名があります。
銀杏城の由来は加藤清正公が城内に多くの銀杏(いちょう)の木を植えたから、そしてこれは単なる景観だけではなく、実用的な戦略もありました。
今回はそんな日本三名城の熊本城の歴史と入場料の支払い方法に
ついてまとめました。
熊本城の歴史のまとめ
熊本城は、加藤清正が慶長12年(1607年)に現在の茶臼山に完成させた平山城で、その後約240年間、細川家の居城として熊本の政治・軍事の中心でした。

起源と加藤清正の築城
熊本城の起源は室町時代にさかのぼり、菊池氏一族の出田秀信が千葉城を築いたとされます。その後、鹿子木親員が隈本城を築き、1588年に加藤清正が肥後北半国の領主として入城しました。
清正は1599年に茶臼山へ新城の築城を開始し、1600年頃に大天守を完成。1607年に城が完成すると、地名も「隈本」から「熊本」へ改められました。
- 城郭の周囲は約5.3km、面積は約98万平方メートル
- 大小天守、49の櫓、18の櫓門、29の城門を備えた大規模な城郭
- 急勾配の「武者返し」石垣など、防御を重視した設計が特徴
細川家の時代
1632年、加藤家の改易後、細川忠利が熊本藩主として入城しました。以降、熊本城は幕末まで細川家の居城となり、熊本藩の統治拠点として機能しました。忠利は1640年に宮本武蔵を招き、熊本での武芸・文化の発展にもつながりました。
補足:宮本武蔵という人物
宮本武蔵は、寛永17年(1640年)に57歳(または59歳)の頃、肥後熊本藩主・細川忠利に客分として迎えられ、晩年を熊本で過ごしました。
細川家との関係の主な経緯
- 招聘と待遇:筆頭家老である松井興長の仲介などにより、寛永17年(1640年)8月に熊本へ入り、現米300石・17人扶持の客人(げいとん)待遇で千葉城(熊本市)に屋敷を与えられました。
- 忠利との交流:武と文の両道を重んじた第3代藩主・細川忠利と親交を深め、御前試合(雲林院弥四郎光成らとの試合)などを行いました。忠利の死後も、次代の忠利の跡を継いだ細川家(光尚など)に仕えました。
- 『五輪書』の執筆:寛永20年(1643年)に熊本の霊巌洞にこもり、細川家に兵法書である『五輪書』を書き残しました。
- 最期と埋葬:正保2年(1645年)5月19日に62歳で病死し、遺言により甲冑姿で大津街道沿い(現在の武蔵塚公園など)に葬られました。
| 項目 | 詳細・内容 |
|---|---|
| 招いた人物 | 肥後熊本藩主・細川忠利 |
| 招かれた時期 | 寛永17年(1640年)8月(当時57歳頃) |
| 禄高・身分 | 現米300石・17人扶持(客分待遇) |
| 主な居住地 | 肥後国千葉城(熊本市) |
| 代表的な功績・遺品 | 『五輪書』の執筆、水墨画(「鵜図」「正面達磨図」など)、二天一流の指導 |
| 没年月日 | 正保2年(1645年)5月19日(享年62) |
西南戦争と焼失
1877年の西南戦争では、熊本城は約50日間に及ぶ籠城戦の舞台となりました。鎮台兵約3,500人が薩摩軍約13,000人を迎え、堅城としての強さを示しました
。
しかし開戦直前の火災により、大天守・小天守や本丸御殿一帯が焼失しました。
近代の復元と地震後の修復
第二次世界大戦後、市民の再建運動を経て、1960年に大小天守が鉄骨鉄筋コンクリート造で外観復元されました。
また、2016年の熊本地震で石垣や建築物に大きな被害を受けましたが、段階的な復旧工事が進められています。城跡は国の特別史跡、宇土櫓など13棟は国の重要文化財に指定されています。
年表
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 室町時代 | 出田秀信が千葉城を築く |
| 1588年 | 加藤清正が隈本城に入る |
| 1599年 | 茶臼山に新城の築城を開始 |
| 1607年 | 熊本城が完成し、隈本を熊本に改称 |
| 1632年 | 細川忠利が入城 |
| 1877年 | 西南戦争で籠城戦、天守などが焼失 |
| 1960年 | 大小天守を外観復元 |
| 2016年 | 熊本地震で被災、復旧工事へ |
2026年10月現在の熊本城は
2026年10月現在の熊本城は、通常通り開園(特別公開)しており、天守閣の内部まで見学が可能です。

熊本地震前に行ったもの
2026年7月28日に発生した「令和8年熊本地震(M7.1)」の影響により一時期臨時閉園していましたが、過去の修復時の耐震補強(ダンパー設置など)が奏功して被害が抑えられ、2026年8月13日にスピード再開を果たしました。
熊本城の現在の公開状況・見どころ
- 天守閣の内部入場:通常通り再開されており、最上階からの景色や歴史展示を楽しめます。
- 入園ルート:平日は「南大手門(南口)」のみ、土日祝日は「南口」と「北口」の両方から
入園が可能です。 - 復旧の歩みを目撃:2026年7月の地震で新たに約40カ所の石垣崩落などが発生したため、現在も安全を最優先に確保しつつ、「見せる復興」として修復作業が続けられています。最終的な完全復旧は2052年度を目指す長期プロジェクトとなっています。
2026年10月の限定イベント・トピックス
- 秋のくまもとお城まつり(10月2日〜11月1日):期間中は夜間も開園時間が21:00まで延長(最終入園20:00)され、プロジェクションマッピングやレーザー、竹あかりを用いた「城あかり」ライトアップが実施されています。
- 周辺施設・交通:麓の観光施設「桜の馬場 城彩苑」も通常通り営業しており、地震で一時規制されていた「百間石垣周辺」の交通規制も9月に解除されアクセスが改善しています。
熊本城の入場料の支払い方法
熊本城の入園券は、現金のほか、券売所で各種キャッシュレス決済が利用できます。事前にWEB入園券を買う場合は、クレジットカード決済のみです。
熊本城の当日券売所での支払い
熊本城の券売所では以下が使えます。
- 現金
- クレジットカード: VISA、Master、JCB、銀聯、DINERS、AMEX、DISCOVER
- 電子マネー: 交通系ICカード(Suica、ICOCA、PiTaPaなど)、Edy、WAON、nanaco、iD、QUICPay
- QRコード決済: PayPay、au PAY、d払い、メルペイ、楽天ペイ、BankPay、J-Coin Pay、ゆうちょPay、WeChat Pay、Alipay など
なお、自動券売機では銀聯とDISCOVERが使えません。また、わくわく座券売所・二の丸券売所の券売機では、BankPay、AEON Pay、銀聯QRも利用可能です。
WEB事前購入の場合
公式のWEB入園券は入園日前日まで購入でき、決済方法はクレジットカードのみです。購入後の返金には対応していません。
熊本城の割引料金
熊本城の入場料金(入園料)の割引制度について、お得な割引方法や対象となる条件をまとめました。
周辺施設との「共通共通券」による割引
近くの観光施設をセットで巡る場合、個別にチケットを買うよりもお得になります。
- 熊本城+湧々座(桜の馬場 城彩苑)共通券
- 大人:通常 850円 ⇒ 600円(250円お得)
- 小・中学生:通常 300円 ⇒ 200円(100円お得)
- 熊本城+湧々座+熊本市現代美術館 3施設共通券
- 大人:通常 1,150円 ⇒ 900円(250円お得)
年齢・お住まいによる割引・免除
特定の条件を満たす場合、入場料が割引または無料(免除)になります。
- 熊本市内の中学生以下:無料(名札や生徒手帳の提示が必要)
- 熊本市内にお住まいの65歳以上の方:無料(高齢者優待証や免許証など、住所・年齢が確認できる公的証明書の提示が必要)
団体割引
30名以上の団体で入場する場合、団体割引が適用されます。
- 大人:通常 800円 ⇒ 640円
- 小・中学生:通常 300円 ⇒ 240円
障害者手帳等による免除(本人+介護者1名)
券売所窓口で各種手帳を提示すると、本人および介護者1名の入場料が全額免除(無料)になります。
- 対象となる手帳:身体障害者手帳、療育手帳、精神障害者保健福祉手帳など
まとめ
熊本城は加藤清正が慶長年間に築いた名城で、現在は熊本地震からの復旧と特別公開が進んでいます。
入園料は現金・各種キャッシュレス決済に対応し、WEB事前購入はクレジットカードのみです。
きっしゃんの感想

今回は地震前に行ってきた熊本城何回行ってもいいところ
ですさすが日本三大名城です。
また、熊本城おもてなし武将隊も
見ていました。今もやっている事なので情報は「熊本城おもてなし武将隊公式サイトへ」
また臨時の変更や日々の様子は「熊本城おもてなし武将隊公式Xや公式インスタ」で発信されてるようです。
旅行を兼ねていきました私は無料です(手帳があるため)
またおすすめは水前寺公園もいいですよ。
